邪教・顕正会の恐るべき不幸の現証!

伊藤 豊子さんの場合

 伊東さんは、平成二十八年四月に日蓮正宗に入信しましたが、それ以前は、日蓮正宗から破門された異流義教団・顕正会に入っていました。
 顕正会の一種独特な洗脳教育に毒された伊東さんは、たちまち顕正会の活動にのめり込み、入会三日目から布教活動を始めるほどでした。
 その後、伊東さんは、顕正会の幹部だった御主人と知り合い、結婚しました。
 顕正会で幹部として活動している者は、世の中でキチンと働いていくことが困難です。いつも明け方近くまで活動していた御主人は、たび重なる遅刻・欠勤によって、会社を辞めては再就職するという繰り返しでした。そのうちに、御主人が就職する先は悉くブラック企業になり、良い条件を示されて入社しても収入が安定しない、という事が続くようになりました。

 そのような状況に加え、さらに御夫婦にとんでもない苦しみが降りかかりました。平成十七年、第二子を妊娠したのですが、二十七週に入った時、妊娠中毒症になって、母子共に命の危険な状態に陥り、予定日より三カ月早い出産となりました。その結果、息子さんは、九五六グラムという超未熟児で、脳障害をもって産まれてきたのです。その障害のため、特に運動機能の発達が著しく遅れ、寝返りさえできず、言葉を覚えることもありませんでした。
 そして、二歳を過ぎた頃からは、てんかんの発作を起こして、頻繁に救急搬送されるようになったのです。

 こうして顕正会で活動すればするほど、不幸な出来事が起きてきます。この状況に、さすがに疑問を懐くようになった御主人は、かつて妙観講の堀井さんから顕正会にいたら必ず仏罰を被ることになる≠ニ言われて折伏されたことを思い出し、思い切って堀井さんに電話をかけ、子供のことなどを相談したそうです。そして御主人は、顕正会が血脈誹謗の異流義であることに気付き、平成二十一年、日蓮正宗に帰伏することができたのです。
 しかし、完全に顕正会に洗脳されていた伊東さんは、激しく反発して御主人を罵り、話に耳を貸そうとしませんでした。

 このような謗法を繰り返している状態で、家庭の悩みが解決するはずがありません。障害をもちながら小学校に入学した息子さんが、二年生になった夏に、突然、急性脳症を発症してしまったのです。 辛うじて命だけは助かったものの、脳にダメージを受けて全く意思表示もできなくなり、完全な寝たきり状態となってしまいました。
 以来、夫婦仲も最悪となって、伊東さんは、子供達を連れて実家に身を置くようになりました。
 すると今度は、中学一年になった娘さんが、学校が変わったことへのストレスから、不登校になり、自分の部屋に引き籠(こ)もってしまいました。
 さらに、日蓮正宗を激しく罵っていた伊東さん自身の身にも、厳しい仏罰の現証が現われたのです。

 平成二十七年の暮れ、ひどい倦怠感と全身に現われた黄疸に驚き、病院で検査をしたところ、自己免疫性肝炎という病にかかっていることがわかりました。
 強い薬が投与されましたが、その副作用によって、伊東さんの顔はアンパンマンのように腫れ上がり、見る影もない姿になってしまいました。それでも、薬を止めると病気が進行してしまうので、服用を続けなくてはなりません。
 伊東さんは、薬の副作用による倦怠感に苦しみながら、娘の不登校に対処し、息子の介護をしていきましたが、その苦しみに耐えきれなくなって、御主人に「どうして、こんな辛いことばかり続くのだろう」と嘆きました。
 すると御主人は、伊東さんに「日蓮正宗の話を聞いてみないか」と強く勧めてくれたのです。
 そして、かつて顕正会に在籍し、脱会して妙観講に入った方から話を聞くことになりました。
 この折伏を受けた結果、顕正会が大謗法の団体である所以がわかり、不幸なことばかりが起きていた本当の原因がわかった伊東さんは、平成二十八年四月十日、理境坊に参詣して子供達とともに御授戒を受けることになりました。

 伊東さんは翌日から、さっそく行動を開始しました。
まず、伊藤さんを顕正会に誘った石澤さん、そして、顕正会の中でも特に親しくしていた加藤さんに、帰伏に至った経緯を話していきました。そうしたところ、二人とも、「じつは、自分も顕正会に不審を懐いていた」と打ち明けてくれ、「今度こそ、正しい御本尊様を拝していけるのですね」と涙を流して、日蓮正宗に帰伏することを決意したのです。
 この二人を折伏していた、まさに同じ時刻、伊東さんの家では驚くべき事が起きていました。
身動きできない息子さんのために来てくれているマッサージ師さんが、「今日の息子さんの体には、力が入っており、いつもと全然、違いますよ」と言ったのだそうです。そして、この日を境に、なんと息子さんは、自分の意志で手を動かせるようになったのです。また、顔色も格段に良くなって、顔に表情まで出るようになりました。

 さらに、それから一年が経って御登山した車中において、息子さんが、突然「ママ」とハッキリ言葉を発したのです。伊東さんも、居合わせた人達も、腰を抜かすほど驚いてしまいました。それからも、息子さんは、これまでの遅れを取り戻そうとしているかのように成長しています。
 話は前後しましたが、石澤さん・加藤さんが顕正会から帰伏したのに伴い、伊東さんは三人で、力を合わせて顕正会時代の仲間を折伏してきました。
 その結果、かつての仲間の多くが顕正会を脱会し、日蓮正宗に入信したばかりか、その人達がさらに周囲の仲間達を折伏するようになったのです。

 すると、この間、御本尊様から、本当に有り難い功徳をいただくことができたのです。
 まず、不登校になっていた娘さんですが、いろいろな人達から善意の手が差し伸べられ、わずかな期間で立ち直って、高校にも入学することができました。今では、引き籠もりだった頃と打って変わって、活き活きと高校に通い、成績も良く、あらゆる事に積極的に取り組んでいます。

 また伊東さんは、自己免疫性肝炎と治療の副作用による酷い浮腫(むく)みと倦怠感に苦しんでいましたが、入信以来、見違えるように浮腫みが引いて、体力も回復してきました。担当医から「もう、薬は飲まなくてもいいでしょう」と言われて、完全に治癒してしまったのです。
 さらに、御主人が、知り合いの紹介で、好待遇で転職することができました。そこは業績の安定した会社で、給与は月給制でキチンと支給され、普通の時間に帰宅できるので、御夫婦で協力して息子の介護ができるようになりました。

 顕正会時代の、先の見えない、あの地獄のような苦しみの日々から抜け出し、ようやく、一家和楽の家庭へと変わらせていただけたのです。 本当に、なんと尊く有り難い御本尊様なのでしょうか。
 伊東さんは、
「顕正会の害毒が深く、まだまだ至らない信心ですが、かつての仲間に顕正会が大謗法である所以をわからせ、まずは、小田原の顕正会を壊滅させることを目標に、折伏に励んでまいります。そして、主人と、長男・長女と共に、真の幸福を享受していけるよう、頑張ってまいります。」
と決意されています。