御本尊の功徳で開けた新たな人生

中野克行さんの場合

 中野さんは、昭和31年、5歳の時に家族で創価学会を通じて日蓮正宗に入信をしました。
 中野さんは、16歳の時歌手になることを夢見て上京し、アルバイトをしながら生計を立てていました。その時たまたま知り合った創価学会員を通じて寺院より御本尊様を下附いただきましたが、勤行もせず、お巻きしたままの状態でした。
 その後、ギャンブル喫茶、ピンクサロン、芸能プロダクションを経営し、法律スレスレのところでアブク銭を稼いでは遊びに使い果たすという荒んだ生活を繰り返していました。その間に結婚と離婚を2回繰り返し、根無し草のような生活でした。
 そして友人宅を転々とする中、麻薬にも手を出し、あっという間に完全な薬物依存になってしまったのです。

 そんな状況であった平成17年、創価学会を脱会して日蓮正宗に帰伏していた父親より折伏をうけ、創価学会を脱会に日蓮正宗に帰伏しました。
  その三ヶ月後、中野さんの母親の身に大きな出来事が起きました。一人暮らしをしていた母親が、マンションの階段から転落し、頭蓋骨骨折で意識不明の事態に陥ってしまいました。
 中野さんは、御住職に当病平癒の御願いをし真剣に御祈念したところ、5日ほどで意識を取り戻し、回復に向かい始めたのです。
  この体験を通じ、この信心は本物だと確信し、以来、講中の会合に参加し、数々の体験を聴くうちに、自分の薬物中毒もきっと治すことができると決意し、真剣に勤行・唱題に励む中、完全に薬物を断ち切ることができたのです。

 それからというもの、毎日、毎日が嬉しくて楽しくてならず、かつて薬物でつながりのあった30人以上の仲間達に連絡を取り、次々と折伏して、そのうち10人を入信に導くことができました。
 その方達も、すでに、薬物依存やギャンブルで人生を破綻させてしまっていましたが、この御本尊様を信仰する中で、全員が薬物と縁を切ることができ、更正することが叶ったのです。

 さらに中野さんは、社会復帰してタクシー運転手として生計を立て、信心に励む中で、格段に営業成績が上がっていきました。さらに、時間に自由のきく個人タクシーを開業しようと思い準備を始めましたが、これは思ったほど簡単なものではありませんでした。
  まず組合に加入、さらには誰かが廃業して免許を譲ってくれるのを待ち、その間は無事故・無違反でなくてはならず、組合に加入した段階ですでに5人が順番を待っていました。ところが、どういう事情によるものか、順番待ちをしていた5人を飛び越え、登録したばかりの中野さんに免許を譲りたいという人が出てきたのです。
 さらに資格試験も無事合格、開業資金もギリギリで用意でき、晴れて個人タクシーの開業ができたのです。
 中野さんはこの10年の人生を振り返り、薬物中毒で廃人になる一歩手前の状態から、見事社会復帰できたことに対し、御本尊様に心より感謝されています。